都心・安い・自分仕様
コーポラティブハウスの魅力
都市景観を語る言葉 (18)愛のメモリー
(株)アーキネット代表 織山 和久
I ♡ NY と言われるように、都市と市民の関係は恋愛関係に通じる。出会いから、好きとか気に入ったといった感情を抱き、関わりを深めることでお互いに影響を及ぼし合い、お互いに成長していく。街を気に入り、街並みに合った住宅をつくる。街中をお散歩し、いろいろな人々と関わりを深める。様々なレベルでまちづくりに参加していく。そしていろいろな記憶が街のあちこちに定着する。
こうした街との関係がその人の暮らしや生き方にも作用する。都市環境と人との間には、こうした恋愛にも似た相互作用が働く。
人は記憶の中で生きる
環境-CPU-メモリーによる環境情報モデル。パソコンも同じ原理で構成されている。
このような関係は、環境情報系のモデルでうまく表現できる。人は、メモリーとプログラムで構成され、プログラムは環境情報とそのメモリーに順応して生成される。環境から与えられる情報は、情報量が多くてノイズが少ないほど適切な順応行動がとれるので好ましい。順応行動によって環境情報も多少変化し、その変化を読み取って、時間・場所・関係者等のラベルを付けてメモリーとして蓄積する。この情報変化ないしメモリーに応じて、プログラムを多少書き換えられる。人は記憶の中で生きる。
空間と記憶
優れた空間も、この環境情報モデルで説明ができる。牢獄のような閉鎖的な空間より、大きな開口部から樹木や景色、日照などが入る空間の方が、情報量が多い。一緒に暮らす人の気配が感じられる住空間も情報量が多い。そこで営まれた様々な行為や会話などは、こうした情報と組み合わさってラベル付けされ、記憶に残る。そして、こうした記憶はこの時空間を糸口として、生き生きと蘇る。森山邸が高く評価されるのも、離れのお風呂に行く、というありきたりの行動の間にも、周りの光景を眺める、夕暮れの日の光を感じる等の豊かな情報が加わり、入浴に関わる行動も変化する、こうした生き生きとした豊かな記憶が残るものだからであろう。
このように優れた空間は、人の動きに伴って心地よい情報を豊かに生み出し、その記憶の痕跡を空間ラベルと共に奥深くに残す。国立競技場、ホテルオークラやゆうぽうとホール、渋谷公会堂など、長年愛されてきた空間には、人々のこうした記憶とそれらのラベルが刻み込まれている。聖火台点灯のときの沸き立つ思い、お祝い事で家族が集まった和やかな気分、晴れの舞台を見守る緊張のひととき、解散ライブの一体感…。それぞれの記憶は、愛に包まれている。このような様々な記憶の場として、都市は成り立っている。それだけに安易に解体するものではない。しかしながら、例えば、渋谷公会堂は、耐震性等に問題がないにも関わらず、民間タワーマンションを区庁舎と一体で建てるために、11月には解体される予定だ。記憶とその手がかりを消されたら、その人の大事な部分を消去するようなものだが。
解体予定の渋谷公会堂
愛のメモリー
このような都市空間や住空間と人との恋愛にも似た関係、ラベルが付いた無意識で微細な記憶(メモリー)の大切さ。これを数十年前に提示したのが、松崎しげるの代表曲「愛のメモリー」である。
…天使のようなその微笑みに
時は立ち止まる
窓に朝の光が やさしくゆれ動き
あなたの髪を ためらいがちに染めてゆく…
愛に包まれた瞬間瞬間の豊かな記憶が、窓や光といった空間情報とともに深く刻み込まれる様子がありありと歌われる。こうした大切な意味が込められた歌詞だったとは、いままで気がつかなかった。このように生き生きとした経験が豊かに生まれ、濃密で深い記憶が刻まれて、それが蘇るような街。こうした街を訪れたら、「愛のメモリー」をそっと口ずさんでみよう。
筆者プロフィール
株式会社アーキネット代表。土地・住宅制度の政策立案、不動産の開発・企画等を手掛け、創業時からインターネット利用のコーポラティブハウスの企画・運営に取組む。著書に「東京いい街、いい家に住もう」(NTT出版)、「建設・不動産ビジネスのマーケティング戦略」(ダイヤモンド社)他。