都心・安い・自分仕様
コーポラティブハウスの魅力
「効率のいいキッチンから、楽しいキッチンへ」
(株)アーキネット代表 織山 和久
|
住まいの中心にキッチンを置く。一日中景色を眺めながら、居心地良く過ごす |
コーポラティブハウスでは、キッチンのしつらえも百人百様です。身長に応じて調整するのはもとより、キッチンの向きや仕様、住まいの中での位置関係などひとつとして同じものはありません。それは料理自体を楽しもう、キッチンを自分にとって居心地のいい場所にしよう、という当然の願いの現われです。そしてこの料理を楽しむという観点から眺めてみると、百人百様ながらおさえているポイントは共通しています。
まず主婦(夫)が台所にいる時間は、毎日、1時間半前後にもなります。平均でみると、専業主婦(夫)の平日で104分、週末90分。フルタイム勤務主婦(夫)で平日73分、週末88分という内訳 *1です。一生分を50年とすると、のべ2.7万時間にも及びます。これだけ長い時間を過ごす場所を、効率性一辺倒で「家事動線」を基本につくるのでは、主婦にはとても気の毒なことです。キッチンを居心地のいい場所として求められるわけです。
そもそも料理をつくるということは、とても知的な作業です。作業手順を分解すると
1.(資材管理)旬の食材やスーパーの目玉商品、冷蔵庫の中身等をざっと把握します。
2.(構想)家族の健康状態や食欲、好み、さらに家計の状態や自分の力を総合的に見通した上で、今日の献立を発想します。なるべく手作りしている主婦の割合は、57.0% *2。
3.(創造)しかもマンネリでは飽きられるので、新しい料理に挑戦します。そうした主婦の割合は57.0% *2。料理本や雑誌のレシピを研究・参照します。
4.(調達)買う食材の一覧を漏れなくメモし、店をはしごしながら効率よく買い揃えます。使用原材料や添加物も確認します。
5.(工程計画)調理の手間隙は献立ごとに異なりますが、食卓には出来立てが揃うように、全体を見通して調理の複数の段取りを頭に浮かべます。PERT図もなしに!
6.(遂行)包丁さばき、茹で加減・焼き加減、味付けなど、絶妙のタイミングで高度な調理スキルを発揮します。失敗すると取り返しがつかなくなるという緊張感も漂います。
7.(パッケージング)献立に応じた食器を用意し、視覚的にもおいしさが伝わるように盛り付けます・・・。
|
東向きの窓のあるキッチン。朝から気持ちいい |
といった具合です。これだけの知的作業を、ベルトコンベア上での単純作業と同じようには考えられません。長い時間、見通しを立てて進める仕事ですから、衝動に走るのも意欲を失うのも避けたいところです。意欲と落ち着きのためには、まず早起きした朝日を浴びることで脳内のセロトニンを分泌することが大事です。朝の散歩や体操の習慣も結構ですが、キッチンのつくりとしても
1.(朝日が入る)東向きの窓から「朝日が差し込むキッチン」であれば、この知的作業には向いた気分が保てます。
その上で料理の手順に合わせてキッチンの要件を求めると
|
広々とした一対のキッチンテーブル。食材や本もいっぱいに広げられる |
2.(場所の記憶)膨大な食材のありなしをいっぺんに把握するためには、食材や調味料なの納める場所が決まっていて、ざっと一覧できることでしょう。
3.(着想の場)家族の健康状態や食欲をつかむために、キッチンに居ながらにして家族の気配が分かるレイアウトとする。閉鎖空間では発想も行き詰まるので、献立を発想するためにもちょっと外が見える窓が欲しいところです。
4.(閲覧性)気になっていたレシピが、数々の料理本の中からすぐに取り出せて、調理の手順を追える棚・台がそばに必要です。
5.(アクセス)台所からお店に行くのに、気兼ねや気障りがない。食材を買い揃えたり、買い足したりするのに、長々とエレベーターを待って歩かされたり、わざわざ車を出したりするのでは億劫になります。
6.(集中の場)調理全体の 段取りを綿密に考えるには、数分間にしても落ち着いて集中できる場が大切です。 ちょっと腰掛けられて、メモやレシピを確認できるところです。
7.(キッチン台)複数の献立を並行して調理できるように、ゆとりのある調理台や四つ口コンロなどが好まれます。調理や食器洗いを手伝ってもらうにも好都合です。
8.(召集の間合い)出来上がりにぴったりと家族が集まれるように、主婦の声が届く、家族からもその匂いや音で食事時が分かる、というつながりのある間合いが効果的です。個室が完全に仕切られていると、こうはいきません。
というように考えられます。
さらに重要なのが、料理をつくることの動機付けです。それは報酬系、すなわち欲求が満たされたり、それを期待して行動するときに、脳内にドーパミンが分泌されて快感が増幅される過程です。そして金銭的な報酬と同じくらいに報酬系を刺激するのが、実は「周りに誉められる」ことだそうです。そう考えると、すでにお気づきのように、
|
間合いのいいキッチン。リビングダイニングや居室とゆるやかにつながる |
9.(誉められる場)家族が、出来立ての料理を囲んで「チョーおいしー」とその努力を誉める場がとりわけ大事です。最近、カウンターキッチンが人気なのは、この「周りに誉められる」という報酬期待の現われでしょう。
このような要件を満たしたキッチンなら、毎日、長い時間を過ごすにしても、とても知的な作業を進める楽しさがあります。そして食事相手から誉められれば、さらに意欲がかきたてられる場所になると思います。
分譲マンションのカタログを読んでいると、キッチンについては「家事動線」「対面/壁面式」「収納一体」といった観点にとどまっているかのようです。キッチンは毎日、長い時間を過ごす知的作業の場所です。作業効率や空間効率だけからキッチンを計画することはありません。料理自体をもっと楽しく、キッチンをもっと居心地のいい場所に、と発想を転換させたいものです。
*1 |
「家庭内の調理に関するアンケート調査」 ドゥ・ハウス 2007年 |
*2 |
「キユーピー第16回食生活総合調査」 キユーピー 2004年 |
筆者プロフィール
株式会社アーキネット代表。土地・住宅制度の政策立案、不動産の開発・企画等を手掛け、創業時からインターネット利用のコーポラティブハウスの企画・運営に取組む。著書に「建設・不動産ビジネスのマーケティング戦略」(ダイヤモンド社)他。